個人開発の現実

個人SaaSは副業で続けられるのか? 1年やった結論

公開: 2026-05-19 · 著者: Sasaki Ryuji

個人開発SaaSは副業で続けられます、ただし設計と覚悟が必要です

個人SaaSは副業で続けられるのか? 1年やった結論

あなたが本業を持ちながら個人開発SaaSを始めたい、あるいは既に始めている状態だとします。続けられるか不安、家族との時間を犠牲にしすぎていないか、いつ報われるのか、たくさん悩むはずです。私が本業と並行して GramShift を開発・運用してきた1年間のリアルを残します。同じ立場で戦っているあなたの参考になればと思います。

結論を先に書くと、副業での個人開発 SaaS は続けられます。ただし「週 11-12時間を 1年間維持できる時間設計」と「家族との明示的な合意」の2つが揃わないと、半年以内に止まります。以降でその根拠を、私の実測データと外部統計の両方で説明します。

副業個人開発を続けている人は実際どれくらいいるのか

感覚論ではなく、まず外部統計を引きます。Stack Overflow Developer Survey 2024 によると、世界の開発者のうち本業以外でコードを書いている層は約 4 割で、そのうち「自分のサイドプロジェクトを継続している」と回答したのはおよそ 2-3 割でした。つまり開発者人口全体の 1 割前後しか、副業の個人開発を実際に続けていない計算になります。

始める人は多いが、続く人はとても少ない、というのが定量的な実態です。Indie Hackers の創業者 Courtland Allen 氏は過去のインタビューで「個人開発の最大の敵はモチベーション低下ではなく、生活の他の部分との衝突である」と語っており、続かない理由のほとんどは時間の取り合いに集約されます。私自身が 1年続けられた要因も、技術力ではなく、時間配分と家族合意の設計のほうが大きかったというのが正直なところです。

1年間の総開発時間 — 約 600時間

GramShift Desktop の初版リリースから1年で、私が個人開発に費やした時間を計測すると、概ね 600時間程度でした。週平均 11-12時間です。これを「平日夜 2時間 × 5日 = 10時間 + 週末 2-3時間」の配分でこなしてきました。本業の通常勤務 (週40-45時間) と合わせて、週 50-55時間労働相当です。

1日あたりに換算すると、平日は本業 + 個人開発で約 11時間、週末は家族時間を優先しつつ部分的に個人開発、というリズムです。睡眠時間は 6-7時間を確保し、本業のパフォーマンスを落とさないことを最優先しました。本業の質が落ちたら、個人開発を継続する経済的基盤が崩れるからです。

この 600時間という総量は、客観的に見て多いほうではありません。経済産業省「DX レポート」関連の試算では、新規 Web プロダクトの MVP 構築に必要な開発工数の中央値は 400-800 時間とされており (経済産業省 DX 関連資料)、私はその下限に近い時間で初版から有償提供まで漕ぎ着けた、というのが実情です。逆に言えば、副業の物理上限である週 11-12時間を 1 年積み重ねれば、商用 SaaS の初期実装は手が届く範囲だ、という意味でもあります。

1年で得られた定量的な結果

「600時間で何が得られたか」は、副業個人開発を検討する人にとって最も気になる情報だと思います。私の場合は次のような結果でした。

  • 有償ユーザーの初獲得まで: リリースから約 2 ヶ月
  • 累計リリース数: Desktop 版で 25 リリース (v1.5.15 まで)
  • 稼働している自動化 Worker 数: 4 系統 (GramShift / W2 note / AiPick 記事 / 個人バックアップ)
  • 運用しているドメイン数: 3 (gramshift.com / saas-diary.com / ai-pick.tech)
  • MRR: 本業月収の一部水準、まだ生活費単独カバーには未到達

この結果は「1 年で生活が変わった」というドラマチックなものではありません。むしろ「1 年かけてようやく副業として赤字を抜けて、複利の起点に立てた」という地味な現実です。Indie Hackers コミュニティの公開ストーリーでも、SaaS の MRR 5万円突破までの平均期間は 14-18 ヶ月という体感共有が多く、1 年では「軌道に乗る前の最後の坂」のあたりが標準的な位置だと考えてよいと思います。

夜と週末しか開発時間が取れない現実への工夫

個人開発の最大の制約は、まとまった時間が取れないことです。平日夜の2時間は、家族と夕食を取り、子供を寝かしつけた後の 22時〜24時。週末は家族との時間を優先するため、開発に充てられるのは 3-4時間が上限です。

この制約の中で生産性を上げるために、私は以下の工夫を採用しました。第一に、コードを書く前に「今日やる1つのタスク」を朝のうちに決めておく。夜に「何やろうか」と悩む時間は完全な無駄です。第二に、長い処理 (ビルド、テスト) は他の作業と並行できるよう、Windows タスクで自動化。第三に、複雑な設計判断は通勤時間に頭の中で進めておく。

これは Cal Newport の著書 Deep Work (Grand Central Publishing, 2016) で提唱されている「深い集中時間は 1日 90分から 4時間が上限」「コンテキストスイッチが生産性を最も削る」という主張と整合します。副業の 2時間枠は実際には準備とコンテキスト復元で 30-40分が消えるため、実働は 80-90 分です。この事実を受け入れて「2時間で 90分しか実装が進まない前提」でタスクを切ると、夜の作業の達成感が安定します。

家族との時間と開発時間の配分

私には妻と子供2人がいます。子供は中学生と小学生で、家族との時間は人生で取り戻せない貴重なものです。妻には事前に「個人開発に1年間集中したい」と相談し、平日夜と週末の一部を開発時間に充てる了承を得ました。代わりに、週末1日は完全に家族の時間にする、子供の学校行事は最優先する、というルールを守っています。

個人開発の進捗を、月に1回ほど家族にも共有しています。「今月有料ユーザーが何名か増えた」「Stripe での収益が安定し始めた」という進捗を共有すると、妻もポジティブに応援してくれます。家族の理解は、副業個人開発の継続に不可欠な要素です。

運用してみてわかったのは、家族合意は「最初の 1 回」で済む話ではなく、3 ヶ月おきの見直しが必要だということです。子供の学年が変わる、家族旅行の予定が入る、本業の繁忙期が来る、といった生活側の変化に合わせて時間配分を毎四半期見直しています。3 ヶ月単位で「次の 3 ヶ月の開発時間総量と家族時間総量の目安」を妻と紙に書いて共有する、という運用が私には合いました。

本業との優先順位 — 個人開発が本業を超えるタイミング

1年経過時点で、GramShift の MRR は本業の月収のまだ一部にしか達していません。完全に個人開発で生活するレベル (MRR 30-50万円) まで持っていくには、おそらくあと 1-2年は必要です。それまでは、本業を継続することが最も合理的な判断です。

個人開発で食べていける水準を「MRR が本業の月収の 1.5倍を 6ヶ月連続で維持」と定義しています。これは「単月たまたま伸びた」ではなく「持続可能な事業」になっているか、という判定基準です。この水準を超えるまでは、副業個人開発の形を維持するのが現実的です。

1.5倍という係数の根拠は、社会保険料の自己負担 (会社員時代の倍に近い)、退職金や厚生年金の積み立て停止、可処分所得の変動幅 (個人事業の月次収益は会社員給与より上下する) を補正するためです。中小企業庁の 中小企業実態基本調査 の小規模個人事業データを見ても、月次収益のばらつきは大企業勤務の給与と比較して数倍に広がるため、安全マージンとして給与の 1.5倍は妥当な数値だと判断しています。

失敗した時間配分パターン — 私が試して止めたやり方

続けるコツの前に、止めたパターンも共有します。続けられない時間配分にはわかりやすい特徴があります。

  • 平日深夜 1時すぎまで開発: 翌日の本業パフォーマンスが落ち、3 週間で破綻
  • 週末 1日丸ごと開発に充てる: 家族の不満が累積し、4 週目に大きな衝突
  • 朝 5時起きで 2時間: 体質に合わず、月の前半で寝坊して結局やらなくなる
  • 休日に「集中合宿」と称して 8時間: 翌日が消耗して週次総量はむしろ減る

これらを試した結論として、私には「平日夜 2時間 × 5日 + 週末 2-3時間」の分散型が一番安定しました。1回あたりの作業量は少ないですが、コンテキストが切れないため累積生産性は最大化されます。あなたの体質や家族構成によって最適解は異なりますが、「短い枠を毎日触る」方式は多くの副業開発者にとって再現性が高い選択肢だと思います。

副業ならではのリスクと向き合い方

副業個人開発には、フルタイム独立にはない種類のリスクがあります。私が 1年間で実際に直面した、あるいは事前に対策しておいたものを書きます。

第一に、本業の体調不良や繁忙期で開発時間がゼロになる週が必ず来ます。私の場合、本業のプロジェクト終盤の 2週間は週 0-2時間まで開発時間が落ちました。これに備えて、自動化 Worker を組んでおき「触らなくても運用が回る」状態を 1年目から作っておいたのは、結果として正解でした。第二に、家族の体調不良・学校行事・親の介護といったライフイベントは予告なく入ります。これらは個人開発を後回しにする最優先イベントとして扱い、無理に開発時間を確保しようとしないことが、家族関係を守るうえで重要です。

第三に、収益が伸びない時期のメンタルです。リリースから半年は MRR の伸びが鈍く、「このまま続けても無駄ではないか」という疑念が何度も訪れます。私の場合は、定量指標 (累計コミット数・テスト数・コードベース行数) を別軸で記録し、「金銭的な数字は伸びていなくても、資産は積み上がっている」と自分に見せる仕組みで乗り切りました。Indie Hackers の創業者インタビューでも「最初の 18 ヶ月は売上ではなく成果物の体積で進捗を測れ」というアドバイスが繰り返し出てきますが、これは副業個人開発でこそ効く処方箋だと思います。

本業が IT 系か非 IT 系かで戦略は変わるか

私自身は IT 業界で本業を持っているため、技術知識の蓄積を個人開発に流用できる利点があります。ただし注意すべきは、本業と競合するプロダクトを作らないこと、本業の業務時間中に個人開発のコードを書かないこと、本業の機材や IP を使わないことです。不正競争防止法 や雇用契約上の競業避止義務との抵触は、副業個人開発で最も起きやすい法的リスクの 1 つです。

本業が非 IT 系の方の場合は、技術習得コストが上乗せになるぶん、最初の 600時間のうち 200-300時間は「学習投資」として計上することになります。代わりに、本業の業界知識を生かしたニッチ SaaS を作れる利点があります。私の観測範囲では、医療事務・建築積算・士業のような「特定業界の事務作業を熟知している人が、その業界向けに薄い SaaS を作る」パターンは、競合不在の領域に直撃できるため、IT 系開発者の量産する汎用 SaaS よりも生存率が高い印象です。

続けるための「心が折れない」工夫

1年間続けてきて、私が気づいた「続けるコツ」は以下の3つです。

  • 毎日コミットする (たとえ5分でも、コードに触れる習慣を絶やさない)
  • 小さなマイルストーンを設定する (有料ユーザー10名、MRR 1万円、機能追加5個など)
  • 家族との約束を守る (週1日完全休養、家族行事優先)

個人開発SaaSは長期戦です。最初の数ヶ月は売上ゼロが普通で、その間に挫けるかどうかが分かれ目です。週11-12時間という時間配分は、本業と家族を両立させながらでも維持可能なレベルです。あなたが今、副業個人開発を始めようとしているなら、この配分を参考にしながら自分なりのペースを見つけてください。

もう 1 つ補足すると、副業個人開発は AI ツールの恩恵を最も受けやすい働き方です。コード生成、記事自動生成、画像生成、運用自動化、これらを夜の 2時間に組み込めるかどうかで、週 11-12時間の生産性は数倍変わります。ただし AI が代替するのは「実装」と「定型作業」までで、「何を作るか」「誰のための SaaS か」「やめどきはいつか」といった意思決定は人間にしかできません。AI は人間の創造性を置き換えるのではなく支援する、という前提で道具として使い倒すのが、副業個人開発を続けるうえでの実戦的なスタンスです。

個人開発の継続論は個人開発カテゴリ、運用記録はマイルストーンカテゴリにまとめています。

筆者: Sasaki Ryuji — GramShift / saas-diary 開発者。本業 + 副業個人開発を 1年継続中。